<   2006年 08月 ( 10 )   > この月の画像一覧

井上寄席

先日、8月27日日曜日見に行きました。

新作落語寄席と歌や殺陣など代わる代わる展開します。

チラシ表面↓
d0063706_23102177.jpg


裏面です。↓有名な人も落語をしております。

d0063706_23112211.jpg

山口良一さんは上手かったです。

三浦浩一さんは覚える時間がなかったためか、途中で作者の井上僚章さんが台本持って登場。
普通ですとブーイングの嵐でしょうが、三浦さんのアドリブというか開き直りの対応が、親しみを感じさせ逆に受けておりました。私も笑ってしまいました。

公演内容です。↓
d0063706_231748100.jpg


中入り後の殺陣(たて)に知り合いがでておりましたので、見にいきました。

その殺陣は迫力満点。皆、気合入っているのが伝わってきます。

殺陣のリーダーは、流石リーダーだけあって、緊張の合間に笑わせる演技をみせて、場内大爆笑。

これが殺陣のチラシです。↓再映画化の「椿三十郎」にも、出演するようです。
d0063706_23231358.jpg


落語は興味はあったものの、生で見たのは初めてでした。

落語の内容は、江戸下町人情から現代人情までバラエティー豊富で楽しめました。

これらをすべて一人で創作した井上僚章さんは凄いなあとつくづく感じました。

たまにはこういうのもいいなぁと下町の空気を味わってきました。
[PR]
by yururitositarou | 2006-08-29 23:35 | 童武

本城直季さんの不思議な写真Part2

朝日新聞記事「好感のありか」中、下に掲載されてた写真です。
d0063706_133128.jpg

(↑記事文:加来由子さん)
見れば見るほど不思議な写真です。

本当の風景なのに模型みたいです。

下は多分、秋葉原の街です。(↓記事文:野波健祐さん)&「メタボラ」263話桐野夏生さん&水口理恵子さん画
d0063706_1254744.jpg

[PR]
by yururitositarou | 2006-08-25 01:07 | 日常

メタボラと水口理恵子さんの絵

d0063706_15801.jpg


またまた、新聞からです。

朝日朝刊新聞小説「メタボラ」はまってます。

著者は有名な桐野夏生さんです。

最近、短編集の「錆びる心」(文春文庫)読みましたが、面白かったです!

といっても、「メタボラ」を読み始めたのは15話目から。

それから本日の261話までは毎日読み続けております。

15話以前を読まなかったのを後悔しております。

話は、沖縄本島が舞台。

主人公は記憶喪失の二十代の男、磯村ギンジ(上の写真の一番手前の絵、記憶喪失なので昭光↓に名前をつけてもらいます)と

独立塾なる所から逃げ出した楽天的な十代後半の男、伊良部昭光(下の写真の短髪の男、なぜか天敵の銀二という男の名前を記憶喪失の男に与えます)

二人が夜の森の中で出会う所から始まり、お金がないので一緒に出会ったコンビ二で働く女のアパートの一部屋を借りておりましたが、そこで問題起きて、次第に二人は別行動を取るようになります。

何とか働き口を得るものの、お互いしばらく連絡取れない状態になり、最近やっと再会を果たすことができたものの別行動が続いております。

最近、ギンジの前に見届け屋なる女性が現れ磯村ギンジの暗い過去がよみがえりつつあります。そして、本名も明らかに。

面白いのは、二人の主人公に起こる出来事をそれぞれ代わる代わる一人称で書かれている点です。

何よりも読みやすく書かれているので、その読みやすさテクニックは上手いです。

結構、読みやすい話だと軽く扱われがちですが、書くのは難しいと思います。

話は淡々と進みますが、不思議と飽きずその世界に入り込んでいきます。

で、15話以降は写真のようにすべて切り取りとってあります。

何でかというと、毎回描かれている水口理恵子さんの挿絵が、小説内容とあっているし、なんとなく好きになったからです。

いわゆる絵を保管している状態です。

d0063706_344635.jpg

(↑昭光のバッグ(左の上から二枚)が違います。買いかえたのかなぁ。お金がない時期なのに・・・

右下と上の左から二枚目の女性、愛は昭光の片思いの相手&天敵銀二の恋人。

最近重要人物になり始めております。

ギンジは昭光に会いたいと思っているのですが、昭光は愛のことで頭がいっぱいでギンジを忘れかけてきております)

水口理恵子さんの挿絵は特徴が無いようで特徴があり、なんとなく味わいもあります。

構図がいいと思います。

それに登場人物の雰囲気と絵のキャラが合っている感じもします。

人物以外でも街の夕景などの絵も雰囲気がでております。

さて、これからどういう展開になるか先が全く読めないですが、延々と続いてほしい気もします。

昭光と愛の関係はどうなるか?

記憶を取り戻しつつある磯村ギンジの過去とは?

その他、色々な人物が登場します。

話も絵も毎回楽しみです。


別冊でもいいから、水口理恵子さんのメタボラ挿絵がすべて載っている本がでたら、買いたいものです。

d0063706_1572285.jpg

↑一番下の絵の二人が主人公
[PR]
by yururitositarou | 2006-08-23 02:03 | メタボラ

本城直季さんの不思議な写真


d0063706_1133076.jpg

この新聞の写真(上の土星は関係ありません。記事文は中村真理子さん)

朝日新聞8/22の記事に掲載されていたのですが、

模型と思っていたら本物の風景を大型カメラの蛇腹を操作し、ピントの位置と幅を調整しているそうです。

最近気になっていたシティバンクの広告の白川郷などの写真もそうかもしれないです。

その広告写真を見たとき模型なのか本物なのかわからなく。

検索しようにもカメラマンの名前がわからなく。

イライラしていたところ多分そうだと判明してすっきりです。

本物だったのですね。

見れば見るほど不思議です。

名前で検索したら他の写真も見ることできました。

今後、注目していきたいです。

記事の文は最近の日本化は記号としての日本がカッコいいからという表面上のみの日本化なのかというような内容。

最近暑苦しさを感じる白州次郎ブームも白州次郎が好きな自分がカッコいいと酔いしれているのではないかということも、書かれてありました。
[PR]
by yururitositarou | 2006-08-23 01:16 | 本城直季さんの不思議な写真

奈良美智さん大規模展AtoZ


d0063706_0465070.jpg
映画のロッタちゃんのイラストなどでよく見る奈良美智さん。

味わいある作風にちょっと興味がそそります。

特に写真(朝日新聞8/18掲載)の海の中に漂う顔はいいなぁと。

女の人と思っておりましたが、男の方だったのですね。

しかしです。

この展覧会の開催地は武家屋敷で有名な奈良美智さんの故郷青森県弘前市との事。

関東住まいだと厳しい!

今後も注目していきたいです。

ちなみに写真記事の下の溝口監督、「雨月物語」と「山椒大夫」は必見です!

というか、それくらいしかみてないのですが・・・

退屈と思われる可能性大ですが・・・

執念を感じる鬼気迫る白黒映像美です!
[PR]
by yururitositarou | 2006-08-23 00:47 | 奈良美智さん大規模展AtoZ

じゅん君の桜

マイ・サイト広告です。
サイト内から短編一部抜粋しました。
児童文学です。
詳しくは左記murmur of shineに掲載してあります。

d0063706_1017121.gif









春 がきたよ

あたたかい 春 だよ

春 がきたら、小とり たちの元気なおしゃべりが、きこえてきたよ

お花 がさいて、ちょうちょう があつまってきたよ

杉の かふん も なかよく とぶよ

ももがさいたら 桜もさくよ

桜の色は ももの色 でも、もも じゃなくて 桜だよ

桜は桜 さくら色

きれいなきれいな ピンク色

そして、じゅん君の おうちのそば にも桜がさいたよ

さいたさいた 桜がさいた



そんな春のお天気の日

じゅん君はおかあさんと桜を見にいきました。

じゅん君のおうちのそばの こうえんです。

「わぁい、さくらだ さくらだ きれいだな」

じゅん君はこうえんの大きな桜の木をみておおはしゃぎです。

桜の木のまわりをはしったり

おちてくる はなびら をおいかけたり

おおいそがしです。

おかあさんもそんなじゅん君をみてニコニコ顔。

そして、じゅん君は桜の木にだきついて上をみあげました。

あおいそらの中にきれいなピンク色の桜がひろがっています。

じゅん君はそこまでのぼってみたいとおもいました。

でも、じゅん君は小さいおとこのこですので、

のぼることができません。

しかし、おもいきって、ちかくにある桜のえだに とびつきました。


ボキッ!


あらたいへん、じゅん君の たいじゅう で桜の えだ がおれてしまいました。

じゅん君は なにがおきたかわからずに

おどろいていると

おかあさんが、あわててはしってきました。

「あらあら、じゅんちゃん だいじょうぶ?」

「うん だいじょうぶだけれど 桜がとれちゃった」

「まあ、かわいそうに じゅんちゃんの 

たのしいきもちもわかるけれど 桜さんもかわいそうね」

「桜さん いたいのかな?」

「いたいけれど がまんしてるわ」

「桜さんごめんなさい」

「この桜さんは じゅんちゃんの 生まれる前からここにいるの

そして じゅんちゃんを みまもってくれているの だから、おねえさんなのよ」

「えっ、おねえたん?」

「そう、おねえさん だから、じゅんちゃんも これからはやさしくしてね」

「うん、おねえたん ごめんなさい もうやりません だから、これからもあそんでね」

すると桜のおねえさんがやさしくわらってゆるしてくれた気がしました。


それからというもの じゅん君は 桜の木をおねえさんとおもって

まいにちみにいき その下であそんだり もたれかかっておひるねしたり

そして、ほんとうのおねえさんとおもって桜のことをだいじにしてあげました。


そんなある日の夕方です。

じゅん君が桜のおねえさんにあいにいくと

そのまわりにはサラリーマンのおじさんたちやおねえさんたちが

あつまってにぎやかにおはなししておりました。

じゅん君は桜のおねえさんのそばにいきたいけれど いけなくてさみしいきもちではなれたところでかくれてみておりました。

サラリーマンのおじさんたちやおねえさんたちはなにやら桜おねえさんの下でのんだりたべたりしているようです。

「はやく桜のおねえたんからはなれてくれないかな」

じゅん君はおちつかないきもちでようすを見つづけました。

しかし、いつになってもかえらないどころか

ますますにぎやかになっていきます。

そのうちひとりのおじさんはネクタイをあたまにまいて歌いながらくねくねとおどりだしました。

するとまたひとりのおじさんはたちあがって桜のおねえさんの前に立つとオシッコをしはじめました。

桜のおねえさんにオシッコをかけているのです。

「おねえたんになんてことを」

じゅん君は桜のおねえさんがひどいことをされているのを見てとびだしてたすけにいきたいとおもいました。

でも、おじさんやおねえさんたちはみんなこわい目をしていたので、なかなかでていくゆうきがわきません。

さらにおじさんのひとりが枝にとびついておってしまうと、おねえさんのひとりにわたしました。

おられた桜の枝をもらったおねえさんは耳とかみのけの間に枝をはさんで、はしゃいでおります。

それだけでもひどいのにまだまだつづきました。

ネクタイおじさんはいきなり口をおさえたかとおもうと口の中のものを桜のおねえさんにむかってはきだしてしまいました。

桜のおねえさんはさらにきたなくよごれていきます。

また、ひとりのおじさんはこうふんして桜のおねえさんをけったりなぐったりそれはひどいものです。

おねえさんたちものってきて、桜のおねえさんにくちべにでかおをかいてわらったりしております。

「おねえたん・・・」

かなしみのあまりじゅん君はきょうふもわすれてとびだしていきました。

「僕の桜ねえたんになにをするんだ!」

しかし、おじさんやおねえさんたちはとろんとした目でじゅん君をみるとゲラゲラとわらいだしました。

「ぼうやこんなにおそく であるいちゃいけないよ、さあ、こどもはかえったかえった」

ゲラゲラゲラ

ぶきみなわらいです。

じゅん君までもばかにされてしまいました。

それでも、じゅん君はゆうきをだしました。

桜のおねえさんのまえに立ってりょううでをひろげてなきながらいいました。

「おねえたんにちかよるなー」

なんといってもだいじなだいじな桜のおねえさんにこれいじょうひどいことをさせてたまるかというきもちがつよかったのです。

すると、おじさんやおねえさんたちはあきらめたのか、つまらなそうなひょうじょうをして、もんくをいいながら、かえりはじめました。

さいごのおじさんはかえりぎわ、桜のおねえさんに ぺっ、とつばをはきかけました。

じゅん君はりょうてをひろげながらりょうめからたいりょうのなみだをながしました。

おじさんたちがいなくなると 桜のおねえさんのほうをふりむいてみました。

桜のおねえさんはきたなくよごれ泣いているようにみえました。

じゅん君も泣いています。

しかし、桜のおねえさんをきれいにもどしてあげなければと、あしもとにいくつもおちているビールびんを手にもち こうえんのすいどうで水をくんでなんどもなんども桜ねえさんにかけてよごれをおとしてきれいにしてあげました。

しかし、けられたあとなどはきずとなってきえません。

そのとき、おかあさんとおとうさんがはしってきました。

「じゅんちゃーん」

「じゅーん」

「ママ、パパ」

じゅん君はおかあさん、おとうさんのもとにはしっていきました。

そして、だきつくといいました。

「ぼく、おじさんたちにひどいことされていた桜ねえたんをたすけたよ、でも、桜ねえたん、元気がないよー」

おかあさんはやさしくいいました。

「じゅんちゃん、えらいね、きっと桜ねえさん、じゅんちゃんにかんしゃしてるよ」

おとうさんもじゅん君のあたまをなでながらいいました。

「じゅん、おまえはえらいぞ、こんどはおとうさんもいっしょにまもってあげるから、なにかあったらよぶんだぞ」

そして、じゅん君とおかあさん、おとうさんは桜のおねえさんのところへいって、やさしくなでてあげました。

じゅん君がみあげると桜のおねえさんは月あかりにてらされて、きれいにやさしくほほえんでみえました。


しかし、よくじつ、じゅん君がおかあさんおとうさんといっしょに桜のおねえさんのところにいくとピンクの花はほとんどおちてしまって元気なくみえました。

よくじつ、そしてまた、よくじつと桜のおねえさんはげんきがなくなっていくようでした。

そして、きせつ がかわっていき 冬がおとずれると 桜のおねえさんはとうとうかれてしまいました。

もう、もとの うつくしさ にもどらなくなったのです。

じゅん君がはなしかけても、へんじがかえってこなくなったのです。

そして、桜のおねえさんはこうえんからいなくなることになりました。

じゅん君はなきながらおわかれしました。

しかし、じゅん君は桜のおねえさんのさいごの声がきこえたようなきがしました。

おかあさんの声かとおもいましたがよこにいるおかあさんは、口をもぐもぐうごかしているけれど閉じたままなので、やはり桜おねえさんの声だとおもいました。

「じゅん君、いままでありがとう。もう私はいなくなるけど、きっと生まれかわって、じゅん君のそばにあらわれるわ。そのときはじゅん君をしあわせにしてあげるから、まっていてね」

そして、桜のおねえさんはトラックにのせられてさっていきました。

「さようなら、おねえたん。ありがとう、おねえたん。おねえたん、おねえたん、おねえたん・・・」

じゅん君は さっていった桜のおねえさんのほうをみながら なみだをながしました。

すると横にいたおかあさんもなみだをながしながらいいました。

「じゅんちゃん。桜のおねえさんの声、おかあさんにもきこえたわ。きっときっともどってきてくれるよ。たのしみだねじゅんちゃん」

じゅん君は桜のおねえさんがさっていったかなしみでないておりましたが、

おかあさんにえがおをみせてうなずきました。


そして、しばらくするとあたらしい桜の木がうえられました。

じゅん君はおかあさんとおとうさんといっしょにみにいきました。

まだ小さな小さな桜の木です。

まだ、花はさいておりません。

「桜おねえちゃんがうまれかわってきてくれたんだ」

じゅん君は楽しくなり、この桜をだいじにみまもりました。


そして、なんにちかすぎたある春の日のことです。

じゅん君に いもうと ができたのです。

桜ではなくておかあさんからうまれた本当のいもうとです。

かわいいかわいい女の子です。

そして、おとうさんとおかあさんはこのいもうとに「桜」と名づけました。

じゅん君は桜おねえさんがいったことをおもいだしました。

「じゅん君、いままでありがとう。もう私はいなくなるけど、きっと生まれかわって、じゅん君のそばにあらわれるわ。そのときはじゅん君をしあわせにしてあげるから、まっていてね」

そう、きっと桜のおねえさんは「桜」として じゅん君の前に生まれかわってきてくれたのかもしれません。

そして、じゅん君はそんな「桜」をいもうととしてだいじにだいじにめんどうみました。

そのとき、こうえんではあたらしい桜の木が花をさかせ、ピンク色につつまれてしあわせそうにわらっておりました。
[PR]
by yururitositarou | 2006-08-08 20:00 | サイト内小説

魚籃観音記 筒井康隆著(新潮社)

d0063706_19341183.jpgで、前回に引き続き先日読んだ筒井康隆作品です。

短編集です。

表題作は悪くはないのですが、それほど面白いと感じませんでした。

エロいのですが、どちらかと言うと笑える内容です。

しかし、これ以外にいい作品が多数収録されております。

「市街戦」は東京が戦場と化している中、犠牲者を出しながらもホームドラマを取り続ける撮影隊。

「馬」は社長からご褒美として馬をもらったけれどそれが、人間の若い女としか見えない主人公。

「作中の死」は近所の小説家が書く新聞連載小説に登場人物として描かれた電気屋の喜怒哀楽。

「ラトラス」は近未来SF。で、核戦争後のような世界の中、巨大化して知能を持ったねずみのような兄妹と生き残りの人間との攻防。

「分裂病による建築の諸相」は様々な変わった感覚の人物が立てた個人宅の例をあげ、笑わせます。

「建物の横の路地には」はまさに路地裏に行くとさわやか君から特殊なテレフォンカードをもらったり、色々な人から色々なものをもらえるよと教えてくれる話。

「虚に棲むひと」は自分が小説に取り上げた女性が様々な作家の作品にも登場し、そのつど落ちぶれていく話。

「ジャズ犬たち」は犬の世界の話で、人間を観察したり、集まってジャズコンサートをしたりと様々なタイプの犬が出てくる話。

「谷間の豪族」は一度入ったらそう簡単に出られないような場所にある妻の実家に住むようになった作家の話。

とバラエティーに富んだ内容なので、どれかお気に入りが見つけられるかもしれません。

私はどれもよかったですが「分裂病による建築の諸相」と「建物の横の路地には」が、面白く読めました。

表紙絵はしりあがり寿氏でかわいく味わいがあります。

そういえば、しりあがり寿氏が朝日新聞夕刊に掲載している地球防衛家のヒトビトという四コマ漫画で、先日傑作がありました。

先日ボクシングの亀田興毅の判定をめぐっての内容を扱ったものですが、これからの敵はもっと手がわい敵が待っている。

世間のバッシングだ。

と言う内容です。

まさにボクシングの対戦相手より手ごわそうです。

私、最近思うのですが、亀田のお兄さんは実はやさしく静かでいい人なのではないかと。

無理してマスコミやお父さんのためにああいうキャラクターを演じているのではと。

時折、表情にそれを感じられて憎みきれないのです。

亀田の柿の種のキャラは長男と次男に似てるような・・・
d0063706_13494674.jpg

[PR]
by yururitositarou | 2006-08-08 18:02 |

日本沈没と日本以外全部沈没

d0063706_19323043.jpg映画の日本沈没見ました。

どうせ日本映画だからと思っていましたが、迫力は予想以上ですごいです。

飽きずに最後まで見れ、周りの客と一緒に素直に感動しました。

私の好きな海洋映画の面もあり、楽しめました。

昔の映画やドラマは見ておりません。

面白いのかなぁ?

嘘の話なのでしょうが妙に説得力あって、本当にこういうことが起きるのではと怖くなります。

難を言うとラストですね。

主人公の草薙君の行動はかっこいいのですが、どうしてこういう映画はこういうラストにしなければならないのだろうと思ってしまいます。

勇気があり国民を救う行為を主人公がするわけですが、犠牲賛美が大きくなると怖い気もします。

もちろん、多くの人々を救う職についている方たちは、自分の命を犠牲にする覚悟で日々働いているのかもしれないですが、その人たちにも家族があり、それを思うがゆえに自分の命も大事という考えも持っているはずです。

しかし、犠牲にするのが当たり前と言う風潮がはびこってしまうとなんだかそういう懸命に働いている人たちにプレッシャーが掛かりすぎてしまうのでは・・・
なんだか昔の神風特攻隊や回天などを思い出してしまい、怖い感じもします。

それとは逆にパニック映画に欠かせない自分だけが助かろうとする人(首相代理)も出てくる(逃げて助かりますが、その後はバッシングにあう運命かもしれないです)ので、その点は満足かもしれないです。

果たして、一年以内に日本が沈没するとしたら、自分はどうする?

家族がいれば逃げる。自分だけだったら残る?色々考えさせられました。

最後、日本はパラオ諸島のようになってしまいます。

ダイビングのメッカになるかな?

でも、寒いですね。

で、映画を見た後、この原作は読んでないのですが、私のサイトのお客さんのMAX氏から、日本以外全部沈没の映画も公開されると言う情報を聞き、調べてみたら、原作が筒井康隆の短編で本家の原作者小松左京公認とのこと。ちょうど「魚籃観音記」を読み「笑うな」を再読していた所で、また筒井康隆を読みたくなり大きな書店を回りましたがどこにも置いておらず。

あきらめかけてたところ、小さな書店に一冊だけ置いてありました。

角川文庫です。

短編集でその話は二十ページ程なので、すぐに読めました。

文字通り日本以外全部が沈没してしまい、外国のセレブ達がなんとか日本に逃れてきますが、日本人にこき使われて生活しているという有様。

日本人は外国人を邪魔者扱いして、威張り腐っている世界です。

笑えます。

ハリウッドの有名女優達は路上で一晩数千円で客引きしたりしております。

大富豪オナシスの持参した宝石が数千円で売られ、逆に食糧不足でカレーライスは一杯数万円もする世の中です。

登場する外国の有名人は実在の人物ばかりですが、どれも三、四十年も前の人々です。

しかし、普遍性のある有名人ばかりですので、ある程度顔が浮かんで楽しめます。

落ちはあっけない感じでしたが、その状況を楽しめました。

かなり危ない内容ですが・・・

果たして映画はどうなのか?

書く勇気もすごいですが、それを映画にする勇気もすごいですね。

それもかなり危なそうな内容です。

試写会では外国大使館に招待状を出したけれど、皆怒ってこなかったとのこと。

できれば本家の映画と同じキャストで逆の世界が見たかったのですが、それはさすがに難しいですね。

筒井康隆は「時をかける少女」を書く一方こういうブラックなのも書いている点が笑えます。

お勧めは色々あるのでしょうが、今思い出した本だと「笑うな」「薬菜飯店」「文学部唯野教授」は文句なしに笑えます。

超能力者七瀬が様々な家を家政婦として渡り歩く「家族八景」も忘れがたい作品でした。
[PR]
by yururitositarou | 2006-08-08 17:26 | 映画

デスノート

d0063706_1927393.jpg
流行に乗って、漫画を読んで映画見ました。

漫画は面白いですね。

2巻目から目が離せなくなる展開です。

名前を書くと書かれた人物が死んでしまう。

基本設定は単純ですが、それだからいいと思います。

けれど話の展開は下手なハリウッド映画よりも凝っていて、頭脳戦の面白さを十分味わえます。

はじめはデスノートを手に入れ、極悪人物を次々と処刑していく主人公の夜神月(ヤガミ・ライト)の考えに共鳴する部分があり、応援しておりましたが、次第に夜神月を追い詰める側の”L”のとぼけた味わいに引かれていき、いつの間にか”L”を応援している自分がおりました。

しかし、7巻まで読んで、それ以降”L”が出てこなくなると興味半減で9巻でストップ状態です。

私も年の割には7巻目はショックでした。

で、映画は思ったより楽しめました。

キャスティングについては色々あるのでしょうが、皆上手かったんじゃないかなぁ。

”L”役の松山ケンイチもなりきっていてよかったけれど、もう少し力抜いて、とぼけたコミカルな味わいをだしてくれれば一層よかったかななんて思いました。まあ、これは漫画の”L”に対する思い入れ強いからかな。

と言うことで、漫画をそんなに読まない私でもかなりのめりこめる内容でしたので、読んで損はないと思います。
[PR]
by yururitositarou | 2006-08-08 16:25 | 映画

フェッセンデンの宇宙(河出書房新社)

d0063706_19233742.jpg作者はエドモンド・ハミルトンで初めて読みました。

私のサイトのお客さんのGFC氏より、教えていただいたのですが、調べてみるとこの作者は、キャプテン・フューチャーシリーズの原作者。

で、本の内容は、「フェッセンデンの宇宙」「向こうはどんなところだい?」「翼を持つ男」「帰ってきた男」「追放者」「風の子供」「凶運の彗星」「太陽の炎」「夢見る者の世界」の九つのSF短編が収録されております。

表題作「フェッセンデンの宇宙」は実験で小宇宙を作ってしまった科学者の狂気がえがかれており、まさにSFの基礎であります。

小宇宙に発生したさまざまな星とそこに誕生したさまざまな生物。科学者はそれらを望遠鏡?で観察しながら、さまざまな実験をします。

目に見えないくらい小さな生命たちは実験によって色々と残酷な方法で滅ぼされていきます。

目に見えないくらい小さな世界の生命だから別にいいじゃないか、いや、その世界の住人は微生物よりも小さいが我々と同じ命あるものだから、実験するなんて残酷だ。

と考えてしまいますが、なんだか自分だったら興味本位で残酷な実験をしてしまいそうです。

読んでいて、これはハード・ドラえもんの味わいを感じました。

表題作とともに好きな「風の子供」などは、風の住む場所に迷い込んだ主人公がそこで風と話をできる少女と出会う話ですが、これなんかもドラえもんの台風のフー子を思い出します。

どの話も科学的には嘘ばっかりなのでしょうが、逆にそれが科学的に正しい内容のSFよりも夢とロマンを感じ、心が開放されるような気分を味わえました。


表紙の絵は、表題作「フェッセンデンの宇宙」に出てくる小宇宙の中の星のひとつの住人たちをイメージしているようです。

幸せそうに踊っておりますが、その後、彼らを襲う運命は・・・

これぞSFの基礎と言う短編がが濃縮されて、読みやすい内容ですのでお勧めです。

ドラえもんの愛読者で、たまには違うタッチのSFを読んでみたいと思っている方にも、本格的SFノベルを読んでいる方にも万人に受け入れられそうな内容です。

ただ、残念なのはその辺の書店で売っていないことです。

私はどこを探してもなかったので通販で購入しました。
[PR]
by yururitositarou | 2006-08-08 16:01 |